文者の庵

-MONJA NO IORI-

少し冷めている

少し冷めて物事を見たり、斜に構えて世の中を見る癖がついてしまった。例えば、何かしらに誘導する仕組みがあるとするならば、それは構造上誰かが得するようになっていて、本当の善意でそうなっている事ではないとか。人材系のサイトがニートを脱しようとかフリーターを辞めて正社員になろうというのもあれを打ち出している広告主やら何やらが得するようになっている事も。だけど、きっと皆そうやって持ちつ持たれつで生きているに違いない。

 

世の中は金だと思った時期があったけど、最近は時間の方が重要だよなと感じる。お金があっても時間が無くて思い通りになれない人は多い。時間持ちになるのは比較的簡単で仕事を辞めたり緩い仕事や働き方にシフトすれば良い。ただ、世間的な安定感やお金は減るからトレードオフに違いない。結局はお金が足りないからという理由で皆フルタイムで働く事を選ぶに違いない。それが現実だ。実家に頼れている人もいつまで頼れるかわからない。

 

時間持ちな暮らしをしばらく続けてみた。要するに、半分ニートというか中途半端に単発の在宅ワークをやっているような状況を続けてみた。はみ出した事が無い人間が一度は憧れるであろう自由な暮らしというのも、慣れてしまうと味気ない。結局、少し忙しいリズムを作ろうともがいている。たまに誘ってくれる旧友達も僕がお金を使いたがらない事に困っているに違いない。その辺の事情も踏まえて働いている。最近は生活を維持するお金を重視していて、遊び金をあまり使いたくない。ちょっと終わっているかもしれない。

 

僕は世間体とか世間一般の物差しみたいなものが苦手だ。大人になったらこうしなければいけないとか、こうあるべきだ。みたいな言葉があるけれども、世間の基準が高すぎる気もする。高い基準をさすがに全員が突破できるわけないじゃないか。